人類はときに大きな事故を引き起こし、そして大自然の脅威に見舞われながら、一歩ずつ安全基準を高めてきた。
安心して暮らせる今日の生活は、数々の失敗や災害の歴史に支えられているとも言える。歴史上稀に見る重大な事故や災害は、人命の尊さを訴えるかのようだ。
◆1.チェルノブイリ原発事故

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チェルノブイリ原子力発電所で1986年に起きたメルトダウンは、世界最悪の原発事故として記憶されている。原子炉の定期テスト中に事故が発生し、制御不能に。
放射性物質が環境に放出され、28人が直接的な急性放射線障害で死亡したほか、将来的に多くの人々が放射線被曝(ひばく)によるがんで命を落とすと推定されている。後処理は2065年まで続くと見込まれている。
◆2.メキシコ湾原油流出事故

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世界最悪の原油流出事故は、2010年のメキシコ湾で発生した。石油掘削施設ディープウォーター・ホライズンで掘削中に爆発が起こり、浮遊式のプラットフォーム全体が火災に包まれた。
プラットフォームは2日後に沈没し、作業員11人が死亡している。石油の流出は87日間続き、推定で78万キロリットルに及んだ。海洋生態系に甚大な影響を及ぼしている。
◆3.フリントの汚染水道水

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2013年の米ミシガン州フリントの街で、水源の切り替えが住民に健康被害をもたらした。水道水の取水源をデトロイト市の給水からフリント川に切り替えたところ、水中から大腸菌が検出される騒動に。
当局は煮沸消毒命令を発令して対応したが、続いて子供たちの血中鉛濃度が高まったとの報告が発生。フリント川の水が配水管の鉛を腐食させ、2014年から翌年にかけて住民が鉛中毒になったと考えられている。
◆4.ロンドン・スモッグ

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霧の都・ロンドンの異名に、ロマンスを感じている場合ではなかった。1952年12月、ロンドンは5日間にわたり濃いスモッグに覆われた。交通はマヒし、体調を崩した約1万2000人が死亡、15万人が入院している。
原因は長らく不明だったが、その後の研究により、石炭を燃焼した際に出るガスと硫黄が混ざって有害なスモッグが発生したと推定されている。
◆5.アバーファン炭鉱崩落事故

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炭鉱で危険にさらされるのは、鉱山労働者だけとは限らない。1966年10月、英ウェールズのアバーファン村に蓄積されていた炭鉱廃棄物が、降雨により崩壊した。
高さ9メートルの泥流となり、車並みの時速34キロの速さで村を襲っている。小学校が丸ごと崩壊するなどし、116人の子供を含む144人が死亡した。イギリスで最悪の鉱山災害の一つとされる。
◆6.1931年の長江大洪水

新浪博客「武汉一中老校友」(轉載讀者稿件) / Wikimedia Commons
雄大な川が流れる中国で、水害が繰り返し起きている。1931年、中国中部での激しい降雨と春の雪解け水により、長江が氾濫した。18万平方キロが浸水し、一帯は巨大な湖と化した。
世界でも最も死者数の多い自然災害とされる。政府は死者数を約200万人と発表したが、最大で370万人に達したとの見積もりもある。
◆7.エクソン・バルディーズ号原油流出事故

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原油流出事故が壊した生態系が、30年経った今も回復していない。原油タンカーのエクソン・バルディーズ号が1989年、アラスカのプリンス・ウィリアム湾で座礁。1100万ガロンの原油がアラスカの海岸線に広がった。
人間の死者こそ出なかったが、野生動物への損失は甚大だった。302匹のアザラシ、2800匹のカワウソ、無数の鳥類が死亡し、周辺漁業の柱であったニシンとピンクサーモンの生息地を破壊した。
◆8.福島の原発事故

出典:資源エネルギー庁ホームページ
大地震により、日本で最悪の原子力災害が発生した。2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う津波により、福島第一原発は致命的なダメージを受けた。
津波により予備電源が破壊され冷却システムが停止したことで、結果的に大量の放射性物質が飛散した。当時、十数万人という住民が避難生活を余儀なくされた。
◆9.2010年のハイチ地震

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地震による死者数として、歴代ワースト3に入るとされる。2010年1月、ハイチの首都・ポルトープランス近郊でマグニチュード7.0の地震が発生。
インフラが整っていなかったこと、そして大地震への備えが不足していたことから被害が拡大した。死者数は諸説あるが、政府発表は約31万6000人。
◆10.豪華客船ヴィルヘルム・グストロフ号の沈没

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ナチスが誇った豪華客船・ヴィルヘルム・グストロフ号は、史上最悪の沈没事故を起こした。1945年1月30日、推定1万人を乗せてポーランドのグディニャを出港したが、夜9時過ぎになってソ連の魚雷が命中。
多くの乗組員が攻撃で死亡したかデッキ下で身動きできなかったことから、船はわずか1時間後にバルト海に沈んだ。氷により救命艇が使えず、9000人以上の死者を出す惨事となった。
◆11.セベソ事故

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化学工場での事故は、深刻な事態を引き起こす。1976年7月、イタリア・ミラノ北部の化学工場で連鎖反応が起き、反応器が破裂。6トンの有毒化学物質が大気中に放出された。
周囲18平方キロに有害物質が拡散し、何百人という住民が皮膚病を発症。大量の動物が死亡したほか、殺処分となった。
◆12.モンタナのアスベスト雲

USEPA Environmental-Protection-Agency / Wikimedia Commons
希少な鉱物に、毒素が含まれていた。米モンタナ州リビーの町は、1919年に発見されたバーミキュライト鉱山で栄えた。
世界の供給の80%を占め町は好況に沸いたが、鉱山会社はこの地のバーミキュライトが有害なアスベストを含んでいることを隠していた。町の人口の約10%がアスベスト関連の病気で死亡し、鉱山は1990年に閉鎖されている。
◆13.蒸気船サルタナ号の爆発事故

Harper’s Weekly / Wikimedia Commons
アメリカ史上最悪の海難事故は、1865年4月に発生した。ミシシッピ川を航行していた蒸気船サルタナ号のボイラーが爆発し、約1800人が死亡している。船は安全規定を遵守せず、定員の6倍以上にあたる2300人を乗せていた。
◆14.シドアルジョの泥火山

泥に埋もれた、犠牲者を追悼する像|Faizal Afnan / Shutterstock.com
インドネシアのシドアルジョの泥火山は、人間の活動によってできた唯一の泥火山だと考えられている。
2006年5月、エネルギー会社のガス井戸の掘削により爆発が起き、初期には1日あたり18万立方メートルを超える泥が噴出した。13人が死亡し、数万人が避難している。
◆15.吉林省の化学工場での爆発事故

ハルビン市を流れる松花江|cherry-hai / Shutterstock.com
化学物質が河川に大量流出し、水の供給が数日にわたり停止された。2005年11月、中国の吉林市の石油化学工場で爆発が相次ぎ、1万人以上が避難した。
約110トンの有害物質が、都市部の重要な取水源となっていた松花江に流出し、水の供給が数日間中断している。
◆16.1839年のコリンガ・サイクロン

Monsters and Critics / Wikimedia Commons
1839年11月25日、12メートルの巨大な波を引き起こしたコリンガ・サイクロンが、インドのベンガル湾の港町・コリンガに上陸した。
このサイクロンによって約2万隻の船舶が破壊され、推定で30万人の人命が奪われた。
◆17.1887年の黄河洪水

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1887年9月、中国の黄河で大洪水が発生した。黄河では川を農地に沿って流すための堤防が築かれていたが、時とともに堤体は崩れ、川底に堆積して水面の高さを押し上げていた。大雨によって堤防の外へと水が溢れ、推定90万〜200万人の命を奪った。
◆18.ガルベストンのグレート・ハリケーン(1900年)

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1900年9月、アメリカ史上最悪の自然災害が発生した。テキサス州ガルベストンに、カテゴリー4のハリケーンが襲来。8000人以上が死亡し、約1万人が家を失った。
当時は予測技術が未発達で、人々はほぼ何の前触れもなく嵐に飲まれた。
◆19.トライアングル・シャツウェスト工場火災

Everett Collection / Shutterstock.com
1911年のトライアングル・シャツウエスト工場火災は、全米に労働環境の改善運動を引き起こした。工場で火災が発生し、オーナーが盗難防止のため扉を施錠していたことで、150人が犠牲となった。
建物が炎に包まれるなか、行き場を失った若い女性たちが手を取り合い、ビルの上階から飛び降りている。
◆20.クーリエール鉱山の爆発事故

JÄNNICK Jérémy / Wikimedia Commons
ヨーロッパ最悪の鉱山災害は、1906年3月のフランス北部で発生した。クーリエール鉱山で爆発が起き、約1100人が死亡。
爆発から20日後に生還した労働者もいたが、会社側は捜索を3日間で打ち切って物議を醸した。